「2020年はオリンピックイヤー」とばかりに政府が関連各社を巻き込む形で2019年以降に活発化したキャッシュレス決済施策は、2020年初期の段階で早くも転機が訪れている。本来、この原稿は2019年時点での日本を含む世界のキャッシュレス決済の状況を俯瞰(ふかん)しつつ、2020年以降に起こる変化を予想するものだったのだが、さまざまな状況が大きく変わってしまった。そのため、既に執筆した内容を破棄しつつ、最新事情を整理し、2020年以降の日本と世界のキャッシュレスにおける展望をまとめてみたい。
“汚い”現金を集める理由
まず、過去1〜2週間ほどで出てきた「現金」にまつわる興味深いニュースが2つあったので紹介したい。CBS Newsが3月9日(米国時間)に報じた「Can you catch the coronavirus from handling cash?」というニュースだが、連邦準備銀行(FRB)がアジア方面から戻ってきた“現金の処理”を遅らせるという。
具体的には、現金や“人の触れる可能性のあるもの”全てについて、少なくとも10日間の放置期間を設けるというもの。つまり、現金を含むそれらは全て「新型コロナウイルス」によって汚染されている可能性があり、ウイルスの残存期間を考慮して感染を防ぐという措置だ。
この他、CBSの記事ではパリのルーブル美術館(現在は閉鎖)がキャッシュでの入場料支払いを拒否した話や、間接感染を避けるためにイランでは国民に現金使用を止めさせている話なども紹介されており、現金がウイルスの感染源になり得る可能性に触れている。日本では2月に銀行員がウイルス感染するケースが報じられており、少なからず感染ルートの1つとなっているのは確かなようだ。
実際、現金は“不衛生なもの”という認識は既に多くの人々の間で認識されていたようで、例えば中国では煮沸消毒しようと紙幣をお湯に突っ込んだり、韓国では消毒のつもりで紙幣を電子レンジに突っ込んで火災を起こしたりというニュースも出ている。これはSouthCoastTodayという、米マサチューセッツ州のサウスコースト地域周辺をカバーする地元紙の3月19日(米国時間)の記事だが、同地域の代表が地元レストランに向けてウイルス対策として店内清掃の徹底と現金取り扱い時の手袋着用、そしてオンラインでの注文受け付けを推奨している。
オンライン発注の理由は接触時間の低減に加え、支払い手段としてクレジットカードやデビットカードを利用させることで極力現金に触れないようにするためだ。同様の話題は他にも出ており、現金の取り扱いに注意が必要というのは、特に飲食店やスーパー、衛生関連の職種での共通認識となりつつある。
ニュースの2つ目はその真逆の話題だ。これはNew York Timesが3月14日(米国時間)に報じた「A Bank in Midtown Is Cleaned Out of $100 Bills」という記事だが、米ニューヨークのある銀行支店で100ドル紙幣が枯渇したという話題だ。枯渇したのは100ドル紙幣のみで、5万ドル(日本円で約550万円)近い引き出しがあった直後に発生したという。似たような状況は、問題となったBank of Americaのミッドタウンにある支店の周囲でも発生しており、2日間といった比較的短い期間で大量の現金引き出しに向かう利用者が少なからずいたことを示している。
この要因の1つは、引き出しのあった週に株価の急落が始まり、翌週月曜日の16日にはダウ工業平均指数が1日で過去最大の2997ドル下落するなど市場が不安定な状況にあり、現金確保に走ったというものだ。実際、このレベルの引き出し金額であれば、仮に銀行が倒産しても預金は補償金額内に収まるとみられ(ケース・バイ・ケースだが最大25〜35万ドルが補償される)、取り付け騒ぎにはならないだろう。
現金の大量確保は保管の問題もあり、セキュリティ的に不安だ。また14日時点では予想できなかったかもしれないが、外出禁止令が強化された今となっては、前述のサウスコーストのケースのように現金が使える場面は限られると考える。「非常事態に備えて現金確保」という考えだろうが、大量の現金が短期間に必要になり、臨時ATMが出動する事態になったハリケーン「サンディ」の事例とは異なり、今回のケースはどちらかといえば「現金を手元に持つ安心感」という精神的側面が大きいと思われる。
だが現実問題として、現金は昨今の事情でいささか扱いにくいものという認識が広まりつつある。人の心理とは裏腹に、物理的に「現金は“汚い”」という認識が商店側で広がることで、今後数年をかけて人々の消費行動に大きな変化をもたらすかもしれない。そうした兆候は既に起きつつある。
関連記事
人が動けないことで買い物行動に変化が起きる
ウイルス感染が急拡大しているEU諸国が3月に入り、外出制限の強化と国境封鎖を相次いで打ち出したが、それに続く形で米国でも渡航制限を一気に強化し、事実上の国境封鎖を進めている。米国全土で警戒態勢が続いているが、特に厳しい外出制限が課されたニューヨーク州やカリフォルニア州では、生活に必要な最低限の商店を除き、飲食店を含む全ての店舗の閉鎖が言い渡された。不要不急を除く外出禁止令を破る市民には罰金などの刑罰が科される状態が続いている。
学校や公共施設が閉鎖された他、企業にはテレワークがほぼ義務化される形で市民は自宅待機が必要となり、スーパーへは買いだめに向けた買い物ラッシュが発生する。また、客足の途絶えた飲食店はデリバリーや弁当形式の販売を模索するなど、生き残りに向けた試行錯誤を続けている。オンライン経由のデリバリー利用も増えており、特に生鮮品を扱う事業者の需要が高まっている。
需要の急増に対応すべく、米Walmartは従業員へ5億5000万ドルの臨時ボーナスを支給して、15万人の一時(Temporary)労働者の募集を開始。また、米Amazon.comは10万人の雇用計画を発表した。Amazon.comではAmazon FCのような倉庫での従業員の他にもオンラインで働けるフルタイム労働者の大規模確保に動いており、多くのサービス業や製造業で人員削減の話が出る一方で、需要の急増する企業での人員確保が急速に進みつつある。
「Temporary(一時的な)」という表現にもあるように、各所の急募では一時的な労働力確保という扱いのようだが、実際のところウイルス感染を発端にした非常事態宣言がどの程度まで続くかは不明であり、仮にその状態が解かれてもすぐに需要が2月以前の状態に復帰することはなないだろう。
ドナルド・トランプ米大統領は「夏頃まで」のような表現を用いていたが、企業各社などは少なくとも5〜6月くらいまでは現在のような状態が続くことを想定しており、仮に外出禁止令が解かれたとしても集会や建物内における人数制限は今後もしばらく続くと思われ、最悪のケースでは年内いっぱいまで波及することも考えられる。冬が到来すれば再びウイルスまん延のシーズンとなるため、ウイルスとの戦いは数カ月で収まるものではなく、年単位となる可能性もある。ゆえに人々の消費行動や小売店のサービスもまた、そうした変化に多少なりとも順応を求められるだろう。
一連の買い物制限では2つの興味深い話題がある。1つはオンラインデリバリーのパンクで、3月19日(米国時間)には注文の激増でAmazon Primeユーザー向けに提供されるオンライン配達サービス「Amazon Pantry」が一時的にサービス中断に追い込まれ、[Whole Foods Deliveryのサービスも配達用の時間スロットに空きがなく、1週間以上の先の配達が見込まれるなど、まともに機能していない状態のようだ(筆者がサンフランシスコ周辺のZIPコードを指定したところ、一時的にサービス利用不可になっていた)。
ここまでオンライン利用が急増したのは、やはり「ウイルスが怖い」という理由が大きいだろう。Whole Foodsなどで提供されるピッキングアップサービスは店員や臨時スタッフが担当することになるが、リアル店舗の作業は彼らに任せ、自身は人との接触時間を極力減らしたいという心理が少なからずあると想像する。
極端な例だが、Forbesの[「Coronavirus Prompts Whole Foods, Safeway And Other Grocery Stores To Reserve Shopping Times For Vulnerable Customers」という記事は、それを端的に表している。記事中に名前の挙がっているスーパーなどの商店は高齢者や持病持ちの人のための「特別な買い物時間帯」を用意しており、他の利用者と時間を区切るサービスを提供しているという。
これは新型肺炎に罹患(りかん)したくないという買い物客の心理をくみ取ったもので、オンラインを利用できない(もしくはしたくない)層を時間分割で取り込んでいるわけだ。本来は利用が分散しており供給も十分だったサービスが、これまで利用しなかった層も含めて一気にユーザーが集まったことで、オンラインデリバリーのパンクにつながった。需要が一時的なものと考えているため、企業側もこうしたピークに合わせてサービスを拡充させるわけにもいかず、非常に悩ましいところだ。
まとめると、米国で今後1〜2年ほどで次のような変化が起きると予想している。
- オンラインショッピング、特にモバイルアプリを経由した買い物がさらに主流になる
- 決済がオンラインにシフトしてクレジットカードやデビットカード利用が増える他、人の接触時間や現金に触れることを避けるために「チップ」に関する見直しが起きる
- 人が集まることを避けるトレンドは続くため、アルコールを提供するクラブやバーなどのビジネスモデルの変化や(入場にIDチェックが必要なため一度入店すると外に出ない)、ショッピングモールなどの業態が大きく変わる
- ここ数年続いていた傾向だが、リアル店舗はショールームやストーリーテリングを意図したレイアウトが中心になり、人を集めての量販店やサービス事業者は衰退へと向かう
モバイルを使ったオンライン利用の急増は既に中国で起きていた変化だが、これが米国をはじめ欧州などに拡散していくと思われる。それに伴い、モバイル決済はより重要になり、関連するサービスは大きく盛り上がるだろう。リアル店舗では接触時間の低減や集合を避ける傾向が続くため、ウィンドウショッピングも必然的に制限を受ける。小売店など事業者はこれを補完する仕組みの提供で顧客との接点を増やす必要があり、それを意識した店舗レイアウトを目指さなければならない。こうした傾向の結果、キャッシュレス比率はさらに上昇することになるというのが筆者の考えだ。
関連記事
日本のキャッシュレスは進展するが、小売店にとっては試練の時期
以上を踏まえて2020年、そして少し先の日本の決済事情を予想する。2019年夏時点での国内のキャッシュレス決済比率は24.4%という話を聞いているが、本稿執筆時点ではさらに増加し、恐らく2020年を通じて20%台後半には達していると思われる。
現状でいくつかヒアリングをしている限り、クレジットカード(デビットカードも含む)の利用率はそれほど上昇していないとみられるが、QRコードを使ったアプリ決済、特にPayPayが健闘しているという話は各方面から聞いており、ある程度の上昇効果が見込まれる。
電子マネーも含んだ全体で見れば、30%に達するのは時間の問題とみられるが、「2025年までに40%」を達成するには現状の上昇ペースでは頭打ちが近いとも予想しており、キャンペーンに頼らない利用場面の増加、例えば前項でも触れた「モバイルアプリを使ったオンライン決済」など、利用場面の幅を広げる施策が必要だろう。現状では店舗の会計時にしか開かれない決済アプリだが、これのアクティブ時間を増やすことが利用場面の増加につながるのではないだろうか。
もう1つは、既存の現金決済の置き換えだ。主に地方の商店や地場スーパーなど、キャッシュレス決済導入があまり進んでいなかった領域では、ハウスカードを使った独自マネー、楽天EdyやWAONなどの電子マネーシステムと連携した地域(店舗)カードの提供、手数料無料(あるいはクレジットカード契約よりも低い手数料)をうたうPayPayなどのアプリ決済サービスなどの拡大で、徐々に「現金のみ」という場所が開拓されつつある。一方で、交通系電子マネー含めてあらゆるキャッシュレス決済手段が利用できる都心部でさえも、いまだコンビニやカフェなどの支払いで現金を使う人は多い。
こうした層に向けて、タッチ方式のクレジット/デビットカードの提案が進んでいる。非接触対応の手持ちのカードをそのままタッチするだけで支払える点が特徴で、ローソン、マクドナルド、すき家などのチェーンで導入が進んでいる他、現在少しずつ対応店舗の増えているイオン、2020年6月に導入されるセブン-イレブンまで、利用可能な店舗は増えている。これを下支えしているのは主にVisaで、東京五輪の公式スポンサーという立場も踏まえ、タッチ決済を一気に普及させるためのプロモーションをひそかに進めている。
筆者の聞く範囲で、セブン-イレブンにとどまらず、導入効果の大きい小売大手各社に水面下でアプローチを行っており、手数料減免などの条件とバーターで一気に利用可能店舗を増やしていく計画だ。現状、VisaカードはApple Payに登録してNFC決済やオンライン決済ができないという問題はあるが、現在発行されているVisaカードの多くでタッチ対応が行われている他、ウェアラブルを含むVisaのタッチ決済対応機器はそれなりにあり、使い勝手は悪くない。
もし、現状でキャッシュレス決済ではなく現金を利用している人々が「利便性」をその理由としているなら、少額決済でも気軽に使えるクレカ/デビットのタッチ機能はキャッシュレス利用を後押しするだろう。ましてや、「現金は不潔」という認識が今後広まることを考えれば、「タッチ決済」「スマートフォンを使ったアプリ決済」というのは食品を扱う事業者の安全性をアピールする格好の材料になるかもしれない。
そして2020年の話題で欠かせないのがポイント還元事業だ。10月1日にスタートした現行のキャッシュレス/ポイント還元事業は6月中で終了するが、9月には「マイナポイント」が控えている。マイナンバーカード普及のための事業であり、同カードにひも付けた1つのキャッシュレス決済手段に対して購入額の最大25%、5000円を上限にポイントが付与される。詳細についてはまだ情報が公開されていないため不明だが、現行のような「普段の買い物で気付いたら2%または5%の還元や割引が行われている」といったものとは若干異なるものになりそうだ。
加えて、現在政府では消費税増税ならびにコロナウイルス問題で自粛モードに入って困窮する事業者や個人救済のため、国民一人一人に資金給付を検討しているという話が出ている。効果を考えれば早期に実行されるべき政策のため、恐らくマイナポイント開始を待たずして支給が行われ、同時並行的に消費を下支えする流れになる可能性が高い。
問題は金額とその方法で、リーマンショックを受けた2009年当時の麻生太郎政権では1人あたり1万2000円が支給された。複数の報道を見る限り、少なくとも倍額程度、一部には米国と同様の10万円という意見もある。だが問題は金額よりも支給方法にあり、経済対策について現副総理兼財務大臣の麻生氏は、消費税減税や現金支給などの手段には否定的な姿勢を示している。
現金でなければ現行の還元事業通りにキャッシュレス決済へのポイント支給など、別の手段を拡充すべきという意見もあり、決定までにはまだ少し時間を要しそうだ。現金支給で難しいのは、比較的高価な現金が一律で配られた場合、本来政府が意図した生活の下支えや市場への環流による経済浮上効果ではなく、貯蓄や射幸目的での利用、国内企業への環流があまりない、海外メーカー製品の購入などに用いられる可能性がある。
給付金の使途は個人の自由ではあるが、財政出動をする以上はその効果を最大まで高めたいと政府は考えるだろう。ゆえにキャッシュレスな決済手段でも「用途が限られる」「大きな支出に使えない」など、いくらか制限を設けた手段を検討するかもしれない。
まとめると、今後1〜2年かけてPayPayをはじめとしたアプリ決済の対応店舗は増え続ける。クレジット/デビットカードのインフラは2020年3月のIC対応義務化を契機に店舗の決済システムが一新され、Visaをはじめとした国際カードブランドやアクワイアラ、イシュアの尽力によって大手小売を中心にNFCを使ったタッチ決済の普及が進む。
恐らく2025年までには、これらキャッシュレスのインフラ整備はかなりの域まで進み、仮に欧米などから外国人が来訪しても「日本円を入手することなく滞在する」ことを実現するには十分な程度の環境が整うと考えている。あとは利用者側がどこまでキャッシュレスを活用しているのか、各種サービスの拡充や意識の変化がキャッシュレス決済比率を40〜50%の領域まで押し上げる要因となるだろう。
前段のように政府の後押しによるポイント還元施策は今後も継続的に行われる可能性が高く、これをうまく事業者が取り入れていくことも重要だ。いずれにせよ、コロナウイルス拡散の影響で国内外ともに今後数年は人の往来は減少し、小売店は大きなダメージを受けざるを得ない可能性が高い。必要最低限の投資でどこまで顧客行動の変化に対応できるのか、小売事業者にとって大きな分岐点が近付いてきている。
関連記事
関連リンク
"形" - Google ニュース
March 26, 2020 at 11:17AM
https://ift.tt/2UiDEwW
コロナウイルスの自粛ムードで変わる、キャッシュレス決済の形 - ITmedia
"形" - Google ニュース
https://ift.tt/2NVTTwG
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update
No comments:
Post a Comment