■2017年からフリーアドレス導入
株式会社エムステージホールディングスは、医療機関向けの医師人材派遣サービスと、一般企業を対象とした産業医の派遣・運用コンサルティングを2本柱とするベンチャー企業だ。2003年、杉田雄二社長が27歳の時に創業。現在、全国に11拠点を構え、約130人の従業員が働いている。年齢層は30代が中心。男女比は6:4で女性の方が多い。
東京・大崎駅近くの本社オフィスにフリーアドレスが導入されたのは2017年のことだ。約60人の従業員に対して座席数は48席。固定席があるのは、専用室のある社長のほか、個人情報や紙の書類を扱うことの多い総務部門や、各部署のうちデスクトップPCで作業を行う必要のある担当者などの約10席。残りは役員も含め、すべて自分の席を持っていない。各事業グループごとに一応の本拠地となる島は定められているが、役員や社員は自分の島だけでなく、他のグループの空いた席や執務エリア外のカフェスペースなど自分の好きな場所で仕事をしている。いわば「緩やかなフリーアドレス」になっている。
オフィス内を見渡すと、ワンフロア約436平米の広々とした空間に、余裕を持った配置で整然とデスクが並ぶ。社員全員分の座席が用意されていないにもかかわらず空席も目立つのは、外回りの営業に携わる社員が多いことに加え、執務エリア以外にも無線LANとAC電源の完備したカフェスペースや畳部屋、ソファ席などが設けられ、そちらで執務する人もいるためだ。執務エリアのいすは1脚約10万円のブランド品という。天井に埋め込まれたBOSEのスピーカーからは小さな音量で洋楽が流れている。
■美観向上が最大の目的
同社がフリーアドレスを導入した目的は、第一にオフィス内の美観と清潔さの向上、第二にセキュリティー強化にあった。「毎日決まった席に座るより、翌日は違う席になるほうが、他の人のために座席をきれいにするので」と語るのは、広報担当の本多由利恵さん。「フリーアドレスになってから、全員が帰るときに自分の座った席の机回りを拭いてから帰るようになったんです。私自身も以前は席替えの時ぐらいしか拭き掃除なんかしていませんでした」と導入効果を説明する。
フリーアドレスを導入する前から、各社員の机には引き出しがなかった。退社する際には書類や私物を机の上に置きっ放しにせず、すべて個人用ロッカーに収納してから帰るという決まりがあった。これは社内の美観維持の目的に加え、医師やクライアント企業従業員の個人情報を扱っている関係上、セキュリティー面の配慮からでもある。もともと各自の机周りに書類や私物を置きっ放しにさせていなかったことで、フリーアドレス導入への障壁は低かった。
美しいオフィスの構築もフリーアドレスの導入も社長の肝いりで推進された。オフィスの美観を優先させるために機能性を犠牲にしている部分もある。オフィス内をすっきりさせたいとの理由から各個人用ロッカーには名札が付いておらず、誰がどのロッカーを使っているかは本人以外には正確には分からない。ロッカーには郵便受けも付いていないので、各社員宛てに届いた郵便物は、総務の社員が本人を見つけて直接手渡しする。
社長がこれほどオフィス環境の整備に力を入れるようになったきっかけは、創業当時の苦い経験にあった。当時は手狭で雑然とした間借りオフィスだったため、医師が来社した際、社長は恥ずかしさのあまり居留守を使ってしまったことがあるという。「人を呼ぶときにオフィスをきれいにしておくのは最低限のマナーだし、ハイステータスな医師の先生のお相手をする以上、自分たちもそこに限りなく近いレベルまで行けたらという思いがあるみたいです」と本多さん。
仕事柄、労働者の就労環境を指導する産業医が訪ねてくることも多く、また企業の健康管理をサポートする事業も展開しているからには、自らのオフィス環境整備にも気を抜けないのだ。
同社ではテレワークは推奨されていない(2月上旬取材時)。「業務の性格上、顔を合わせるコミュニケーションをして情報を共有しなくてはいけないためです。なので社員のストレスにならないよう、1人あたりのスペースもかなり広くとっています」(本多さん)。社内の会議も全国の各拠点との間を結んで行う場合はオンラインだが、それ以外は対面で行うのが原則だ。
■マイナーチェンジ繰り返し今の形に
同社は2017年にフリーアドレスを導入してから、幾つかのマイナーチェンジを繰り返してきた。最近席替えを行い、現状の「緩やかなフリーアドレス」にしたこともその一つだ。
フリーアドレス導入当初は、前日と同じ席に座りがちな社員も一部に見られた。そのままではフリーアドレスが形骸化する恐れもあったため、総務からフリーアドレスの趣旨を説明して個別に指導するとともに、導入から1年後には、前日と同じ席には座らないことをルール化した。社長も社内を回って、「あれ、君はきのうと同じ席だね」などと声がけしているという。ただ、今でも端っこの席から先に埋まっていくそうだ。電車内のロングシートと同様、両隣に人がいるより落ち着くのだろうか。
オフィス内には三つの会議室のほか、防音・換気機能も備えたボックス状の部屋も二つ設けられている。このボックス室はフリーアドレスの導入後、社内で1対1の面談を行う時期になると会議室が足りなくなったことから新設された。4人も入ればいっぱいになる個室空間で、執務エリア内に飛び交う会話から遮断された環境で話し合いができる。
畳部屋の別室も、フリーアドレス導入の1年後に開設された。休憩に使えるほか、集中して仕事をしたい社員などが利用しているという。
各社員にはノートPCと共に、仕事に使う文具などを入れる手提げ式の道具箱が支給されている。これはフリーアドレスの導入以前からあったものだ。社員はこの道具箱とPCを携えて社内の好きな場所で仕事をする。退社する際は道具箱ごとロッカーに収納する。仕事に使う書類はセキュリティー保護と美観の観点からペーパーレス化され、クラウド上に保管されているので、紙の書類を持ち歩く必要はない。このため道具箱に入れられるのは文具や名刺などの小物類だけだ。
■グループウェアの統一化が今後の課題に
業務用グループウェアとして、社内告知やスケジュール共有、顧客管理、勤怠管理などには「サイボウズ Office」を使用。また社員同士のやりとりにはグーグルの「ハングアウト」のほか、エンジニアを中心に「Slack」も使われている。全社でアプリを統一しようという案も出ているが、必要な機能をすべて兼ね備えたアプリがまだ見つからず、今後の検討課題となっている。
社用のスマートフォンには内線電話アプリは入っていないので、社外からかかってきた電話は固定席の社員が受け、担当者に声がけで引き継ぐ。ワンフロアではあるが、担当者が遠い席で作業をしていることもあり、時には「○○さーん、○番にお電話ですよー」という声が飛び交うことも。原始的なやり方のように見えて、実は意外な効用があるのだという。「同じ医師の先生に社内の複数の部署から連絡を取りたいということがよくあるのですが、誰々さんから電話がかかっているということをオフィス内の全員に共有できるので、何度もかけ直す手間がなくなりました」(本多さん)。担当者が社外にいる場合には「サイボウズ」のポップメモ機能でスマホにメッセージを送る。
■ワンフロアへのオフィス集約も成功の秘けつ
もともと同社では社内のコミュニケーションには支障を来していなかった。フリーアドレス導入の最大の狙いはオフィスの清潔さの向上とセキュリティー対策にあり、社内交流の強化は副次的な目的でしかない。それでも社員の座る場所を自由にしたことで、部署の壁を越えたコミュニケーションはさらに活発になり、仕事の効率も向上しているという。
管理職が定位置にいないと、部下から報告や相談をする際に見つけづらくないだろうか。「そうはならないですね。特にうちはワンフロアでやっているので、在社している限り、見つからなくて探すということはありません」と本多さん。
同社のフリーアドレスがうまく機能している秘けつは、導入以前からオフィス内の美観維持を徹底していたことに加え、従業員が約60人という比較的少人数であることや、オフィスをワンフロアに集約しているところにもありそうだ。
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March 05, 2020 at 08:11AM
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