本日(31日)、『聲の形』が日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」(毎週金曜夜9時~)枠で放送される。2016年公開の本作は京都アニメーション制作、「けいおん!」シリーズなどで知られる山田尚子監督の長編映画3作目。それまで京アニは「けいおん!」「響け!ユーフォニアム」など主に人気テレビシリーズの劇場版を手がけてきたが、本作は1本で完結する単独作品。京都アニメーションの高いクオリティーとブランド力、原作コミックの人気も手伝い、同監督の『映画 けいおん!』(2011)を上回る23億円の興行収入をあげたヒット作である(データは日本映画製作者連盟調べ)。※ネタバレあり。ストーリーの詳細に触れています。
【写真】『聲の形』入野自由、早見沙織、松岡茉優ら豪華声優陣ズラリ
本作をひと言でいえば「命を絶とうとした少年と、耳が不自由な少女の物語」。こう書くと何だかロマンチックに聞こえるが、両者の関係はいじめをした側とされた側。5年の月日を経て再び顔を合わせた二人の心の交流が、少年側の視点でつづられる。
主人公は対人恐怖症の高校生・石田将也(声:入野自由 少年時代は松岡茉優)。かつてガキ大将だった彼は、小学校6年の時に転校してきた聴覚障害のある西宮硝子(声:早見沙織)をいじめ、転校に追い込んでしまう。ところが、いじめっ子のレッテルを貼られた将也はクラスで孤立。その後、中学を卒業するまで自分がいじめの対象にされた。それを罰だと受け入れて死を覚悟した将也だが、硝子との再会を機にその心が変わり始める。
いじめ描写の向こう側にあるもの
原作は「週刊少年マガジン」に連載された漫画家・大今良時の同名漫画。もともと短編として描かれたが、そのセンシティブな内容から物議を醸した作品だ。アニメ版でも、無視に始まり、会話に使う筆談ノートを罵詈雑言で埋め尽くされたり、何度も補聴器を壊されたり、繰り返されるいじめが克明に描かれる。面白がる取り巻き、見て見ぬ振りをする教師やクラスメートの姿を含め、その描写に痛みを覚える人もいるかもしれない。
ただし本作が重点を置いているのは、いじめの行為ではなくその向こう側にあるもの。将也の回想として描かれる小学生時代の彼は、負けず嫌いで度胸だめしが大好きなわんぱく小僧。乱暴だが、弱い者いじめをするタイプではなさそうだ。過去パートでは、そんな将也が硝子と出会い、いじめが始まりエスカレートしていくさまが順を追って描かれる。
二人を通して浮き彫りになるのが、気持ちを伝えあうことの難しさ。障害のある硝子は、いたずらされても「ありがとう」、自分は悪くないのに「ごめんなさい」と応えてしまう。気持ちのまま過ごしてきた将也は、そんな彼女を理解できずイライラを募らせるばかり。どちらの気持ちも伝わってくるだけに、彼らの拙い一つ一つの言動が胸を締めつける。
気持ちを伝えることの難しさ
それはメインの高校生パートでより複雑な形で提示される。再会した将也と硝子は、次第に距離を縮めていく。しかし、人から借りたものさえ返せば終わりと逃げることだけ考えてきた将也は、硝子どころか自分の気持ちも理解しきれないまま、見せかけの青春ごっこに酔っていく。やがて二人の周りには元クラスメートが集まり群像劇へと発展。映画は将也の黒歴史が明かされ、足下が崩れゆくさまを正面から捉え、彼に厳しい通過儀礼を強いる。
この時キーパーソンになるのが、かつて将也と一緒にいじめる側にいた植野直花(声:金子有希)だ。硝子を自分たちの世界に現れた異分子と考える彼女は、容赦ない言動で周囲に波紋を投げかける。しかし転校してきたばかりの硝子に何かと世話を焼き、思いを寄せる将也が彼女に興味を持つと硝子への態度を一変させるなど、迷走する少年たちの中で植野は常に自分の気持ちに素直。将也と再会したときに、かつて彼をスケープゴートにしたことをわび、硝子と向き合い自分の思いをぶつけるなど、将也とのコントラストが面白い。
アニメ表現で劇的に豊かになる登場人物の心理
本作で特徴的なのが作中で使われる“言語”。ヒロインが口をきけない本作は、物事の説明にセリフではなく映像を多用する。例えば、硝子が将也に好意を抱いたきっかけ。女子たちが面倒だと硝子を避け始めた頃、将也は校庭で一人たたずむ彼女に忠告しようと小石を投げて振り向かせる。そんな彼に硝子は筆談ノートではなく手話で「友だちになってほしい」と話しかけるのだ。何げない一幕だが、丁寧な作画や次第に日が暮れゆく景観、寂しげな音楽を含め、硝子の気持ちがにじむ切ないシーンになっている。
自己否定の塊になった将也は、他人の顔を正面から見ることができない。そのため彼の主観カットを中心に、劇中では足元の映像を多用。注意してみると、キャラクターやシチュエーション、その展開によって足の動きや表現を使い分けているのがわかる。幼い年齢層も意識するアニメは、わかりやすく説明的なセリフが使用されがちだが、本作では映像だけでさらりと語るカットが少なくない。見るたびに新たな発見があるのも本作の魅力である。
背景画でも定評がある京都アニメーションらしく、美しい景観も見どころ。映画は小学時代、高校時代ともに春から秋にかけての約半年間を描いているが、日の光の強さや色合い、桜やマーガレット、ススキ、コスモスといった植物などを使って時の流れが表現されている。
また劇中にはバルコニーのような張り出しのある橋や、滝の裏側に設けられた通路など、角度によって人が見え隠れするスペースが随所に顔を出す。そんなロケーションが、姿が見えず(声も聞こえない)将也の存在を、彼の動作で生じる振動で硝子が気づくドラマチックな見せ場を生んだ。
ノスタルジックで温かなイメージをもたらすレンズ効果
映像表現で最もユニークなのがレンズ効果。劇中には実写映画のように、フレアやゴースト(レンズに入った光の漏れ)、色収差(精度の甘さで生じる周辺部の色ズレ)が丁寧に描かれている。これらは旧型や質の悪いレンズで顕著に発生する、いわば不具合。それらをあえて加えることで、未完成な少年たちの物語にノスタルジックで温かなイメージをもたらした。ピント幅を細かく操作したり、ぼけた背景にキラキラ光る玉ボケを描き込むなど、レンズ効果のこだわりも本作の見どころだ。
京都アニメーションと聞いて、昨年起きた放火事件を思い出す人もいると思う。本作の繊細な作画の総監督を務め、キャラクター・デザインも担当した西屋太志さんをはじめ、その犠牲者に本作のスタッフも少なくない。しかし彼らが遺した作品やメッセージは、これからも多くの人々に生きるために大切なものを伝え続けていくだろう。(神武団四郎)
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July 31, 2020 at 05:15AM
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