長期雇用を前提にさまざまな職務・勤務地を経験させ、“会社の一員”として社員と契約を結んでいる──。そんな日本型企業では「社員の働く場所は当然ながら会社の一存で決まる」という考えは当たり前だった。しかし昨今では、JTB、NTTなどの大手企業が、単身赴任や望まない強制転勤を廃止している。
本記事では、そもそもなぜ転勤は必要とされているか、これまでなぜ強制転勤を廃止できなかったか、昨今の強制転勤廃止の背景にあるものは何か、望まない強制転勤廃止は必要なのか、などについて触れる。
なぜ、転勤は必要とされているのか
労働政策研究・研修機構が2017年に発表した「企業の転勤の実態に関する調査」によると、企業が転勤を行う目的は「社員の人材育成」が最も多く66.4%。以下「社員の処遇・適材適所」(57.1%)、「組織運営上の人事ローテーションの結果」(53.4%)、「組織の活性化・社員への刺激」(50.6%)、「事業拡大・新規拠点立ち上げに伴う欠員補充」(42.9%)、「幹部の選抜・育成」(41.2%)、「組織としての一体化・連携の強化」(32.5%)となっている。
部署や勤務地も含め、多様な場所で経験を積ませてローテーションを行いながら人材育成を行っていく──。こうした方針が、多くの企業で取られていることが伺える。
また、企業の人材配置施策では「欠員補充」と「適材適所」を迅速かつ最適に行うことも重要だからこそ、転勤という手段をもっておくことが必要である。加えて、転勤によって社員同士の関わりを定期的、かつ意図的に入れ替えることでマンネリを防止し、組織の活性化を図る狙いがあることも伺える。
なぜ、強制転勤の廃止は難しいのか? 内部要因と外部要因
なぜ、強制転勤の廃止は難しいのだろうか。
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企業の内部要因としては、人材マネジメント上の弊害を引き起こす可能性が高いからだ。とりわけ、人材配置の施策には影響が大きい。社員全員の勤務地希望を勘案していては、円滑に人材配置が行えず、各拠点の組織運営に支障が出る可能性が高まる。そのようなリスクがある中で、転勤命令に関する規定を廃止することは難しい。
なお、社員への配慮は一定必要であるものの、業務上必要があって行う転勤命令を、社員が拒否したことに対する懲戒処分は、権利濫用(らんよう)にあたらないとされた判例(東亜ペイント事件など)もある。このことから、会社側もあえて「転勤命令を行わない」という選択を明示する必要性が低かったと考えられる。
さらに社員側にとっても、心理的に転勤を拒否することは容易ではない。終身雇用が前提にある時代では、会社に長期間勤めることが重要であり、転勤拒否による昇進などキャリアへの影響も考えられる。年齢にもよるが、一度入社した会社を、転勤忌避を理由に退職・転職することもハードルは高い。
一方、外部要因としては、仮に社員が転勤を理由に退職をする道を選んだとしても、労働人口が多い90年代以前は、会社側に人材確保面ではまだアドバンテージがあるといえるため、「退職者が出ても致し方ない」というスタンスが取れた、ということが挙げられる。このような外部要因からも「転勤制度を廃止して受けられるメリット」は、会社側に少なかったことは確かである。
望まない転勤を廃止 背景には「社員の確保と定着」
ところが昨今、子育て・介護などの事情、自身の価値観によって転勤・単身赴任忌避による退職、転職の道を考えることも一般的になりつつある。エン転職が19年に行った「1万人が回答!『転勤』に関する意識調査」でも、転職理由が転勤であるという直接的な数値は低いものの、転勤は退職を考えるきっかけになるという回答が6割に上った。
なお、従来の転勤では、家族帯同を原則とする規定を定める企業が多かったが、育児や子の教育環境、親族の介護、持家管理などを理由として、家族帯同で転居することが難しい場合など、やむを得ない事情がある社員の単身赴任を認める選択肢も当然ある。総務省の「就業構造基本調査」を見ると、単身赴任者の割合は90年代以降年々増加している傾向にあるようだ。
しかしながら、昨今女性の活躍推進など施策も進められ、共働き世帯が増えていることから、家族が転勤に帯同することはもちろんのこと、配偶者のある男性(または女性)が単身赴任し、家庭の事情の一切合切は残る配偶者に任せる、といった選択すら難しくなりつつある。
仮に単身赴任が可能であっても、社員への負担は大きい。世帯が二居住拠点となることで、食費や生活費など経済的、生活利便性に影響が大きいことはもちろん、家族とのコミュニケーションにも影響が発生することは確かである。
90年代以降の64歳以下の労働人口の減少傾向に伴う人材不足=人材獲得難、働き方改革の中で多様な働き方の実現が求められる昨今の社会要請も鑑みると、社員側のニーズやワークライフバランスも考慮し、「社員の確保・定着」に寄与する重点施策を、企業側も検討せざるを得ない状況になりつつある。
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リモートワークで「どこでも勤務」の可能性が高まった
昨今の新型コロナウイルス感染拡大により、リモートワークや遠隔業務が一段と普及し、「どこからでも勤務ができる」という認識が広まっている。
もともと、2000年代から、Web会議システムの普及が進み、遠隔でも会議が行える技術開発は着々と進んでいた。また、テレワークも、日本では1980年代以降から取り入れられてきたが、00年代に入って通信環境が整ったことや、10年代からの働き方改革政策や各種サービスのリリース、利便性の向上も相まって、より新しい働き方として促進されてきた。
それらに加えて、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、社会全体が一斉に在宅勤務を強いられた。結果的に「自宅から業務を行うこと」「社外とのコミュニケーションもWeb会議で行うこと」の技術的、心理的なハードルが格段に下がった。
このように社会全体における働き方の見直しが加速的に進んだこともあって、社員を遠くへ物理的に異動させなくても、社員が希望する勤務場所から遠隔で業務を行える可能性が出てきた。転勤の目的の一つである円滑な配置などの施策で、代替可能な手段が一つ、見つかったともいえる。
こうした背景を受け、冒頭で挙げた企業のように、望まない転勤や単身赴任を廃止する企業も増えてきている。カルビーや富士通も“ニューノーマル”な働き方をうたって、単身赴任の廃止を打ち出し、社員のライフスタイルに応じた働く環境を提供しつつも、生産性や成果を追求するといった姿勢を打ち出している。
社員や就職希望者から見て、魅力ある雇用管理の考えを打ち出し、優秀な人材を確保しようとする企業が増えるほど、他の会社も手を打つ必要性が徐々に高まる可能性は高い。
全ての会社で「単身赴任の廃止」は可能なのか
では、全ての会社で「望まない強制転勤・単身赴任の廃止」はできるのであろうか。多様化するニーズへの対応、社員の望む働き方の実現に向けて何らかの施策が必要だとしても、望まない強制転勤・単身赴任の廃止という選択には企業側にとってメリットがある一方、デメリットがあることは想像に難くない。
実際2010年代からも、望まない強制転勤廃止を目的として、「転勤する社員」「転勤しない社員」を区分した「地域限定社員制度」が普及しているわけであるが、それがうまく機能しないケースもなかったわけではない。機能しなかった会社の事情はさまざまあるだろうが、重要なことは、安易に他社制度を模倣するのではなく、自社の組織を把握し、廃止した後に起こり得るあらゆる事象を想定することだ。そして、自社の人材に対するポリシーを明確にして、自社にあった制度や運用ルールを考えることが肝要である。
次回以降では、あらためて「望まない強制転勤廃止・単身赴任廃止のメリット/デメリット」を取り上げ、そのデメリットを乗り越えるための方策を解説していく。
著者紹介:本阪恵美(ほんさか・めぐみ)
(株)新経営サービス 人事戦略研究所 コンサルタント
前職では、農業者・農業法人向け経営支援、新規就農支援・地方創生事業に8年従事。自社事業・官公庁等のプロジェクト企画・マネジメントを行い、農業界における経営力向上支援と担い手創出による産業活性化に向け注力した。 業務に携わる中で「組織の制度作りを基軸に、密着した形で中小企業の成長を支援したい」という志を持ち、新経営サービスに入社。企業理念や、経営者の想いを尊重した人事コンサルティングを心がけている。コンサルティングテーマは人事制度策定・改善コンサルティングなど。
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