
巨樹を訪ね歩く。自然豊かな東北に赴任したら、そんなことをしてみたかった。コロナ禍の今、木との出会いがくもりがちな心を解放してくれるかもしれない。
1月下旬、福島県中部に位置する二本松市杉沢地区を訪ねた。福島市から車で約1時間。山あいの集落に、高さ40メートルを超える巨樹が立っていた。「杉沢の大杉」だ。
地上から胸の高さ(1・3メートル)の幹周りは13・4メートル。幹周りで比べると、福島で最大の木だという。樹齢は600年とも1000年ともいわれる。
根を傷めないように、周囲に設けられた木道から眺める。
ゾウの足を思わせる根元から、高さ約10メートルで幹が六つほどに分かれ、四方に枝葉が広がる。紅葉で赤茶色に染まった木の傘が陽光をさえぎる。ひんやりとした空気が心地いい。
樹木が発散する香りの効果もあるのだろう。
「訪れるたびに元気をもらって帰ります」「コロナで日々うんざりしていましたが、パーっと心が晴れました」……。近くの管理棟に置かれたノートに来訪者がつづっていた。風雪に耐えてきた巨樹の持つ力を感じる。
この木を診ている樹木医の鈴木俊行さん(66)に同行してもらった。「触ってみてください」。鈴木さんに促され、木道にかかった枝葉に触れると、葉が枝に沿うように伸びていてチクチクしない。主に日本海側で成育する種の特徴で、積もった雪が滑り落ち、枝が折れにくい。長寿の一因だという。
管理棟には、全国の杉を相撲の番付のように並べた「日本杉見立番附」(1979年)が掲示されていた。
鈴木さんは言う。
「(杉沢の大杉は)どこから見ても樹形がきれいでしょう。これだけの巨木では本当に珍しい。保護対策もとられている。横綱にも決してひけをとりませんよ」
江戸時代の初め、二本松藩主が領内巡視の際、目にした大杉のあまりの見事さに、土地の名を「菅野沢」から「杉沢」に改めたと伝えられる。近くに住む赤沼英一さん(78)は「住民にとっては体の一部のようなもの。地域の宝です」と話す。父親の一郎さん(故人)が書き残した記録では、明治時代半ば、この木は、所有者が福島の山師に売却し、伐採されることになった。それを阻止しようと住民らが立ち上がり、裁判所の調停をへて、土地は「官地」、木は「官木」として買い上げられ、「永久保存木」になったという。
作家の幸田文は「木」(新潮社)という著書で、夕立ち後の大杉をこう描いている。
<そのまた美しいこと、きれいなこと、ただはああとうなるばかり。杉は全身の
幸田文が訪れた40年近く前と比べれば、樹勢には陰りがみられ、枝葉もずいぶん少なくなった。だが、鈴木さんは折れた枝から腐朽菌が入らないように治療に通う。周りの土地に根を張りやすいように、地域の人たちはボランティアで土地を耕し、菜の花やヒマワリを植える。そして、季節が過ぎれば土にすきこんで木の肥やしにする。最近の調査で、耕した土地には、根が伸びていることが確認されたという。きっと思いが伝わったのだろう。心温まる話だった。
福島県森林計画課に聞くと、福島には200本以上の巨樹があるそうだ。鈴木さんからは、日本三大桜に数えられる「三春滝桜」(三春町)を薦められた。杉沢の大杉と同じく、主治医を務めているという。
「滝桜は四季を通じて見てもらいたい。樹齢1000年とは思えない雄々しい幹や枝が今なら見られますよ。花や葉に隠れることなく」。満開の季節を待たずに訪れるとしよう。
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