能の舞台には、ユニークなデザインの小道具が出てくることがある。
「芦刈(あしかり)」という演目では、大きな歯ブラシのような道具が重要なアイテムとして登場する。いったい何を表しているのか。喜多流の能楽師、大村定(さだむ)さんに話を聞いた。
「芦刈」は、離ればなれになっていた夫婦が再び巡り合うお話。妻は都で立派な身分になっているが、夫は貧しくアシという植物を刈り、それを売ってほそぼそと暮らしている。主人公は、この夫のほうである。
夫は、なにやら見慣れない緑色の道具を担いで、しずしずと歩いて登場する。これはなんですか?
「芦を表す道具で、挟草(はさみぐさ)といいます。竹の棒の先が少し割れていて、そこに葉を挟みこみ、麻紐(あさひも)で留めて作るんです。若い能楽師がやる仕事で、私も内弟子時代にはよくやりました」
アシは湿地を好むイネ科の植物で、和名をヨシ(葦)という。茎を乾燥させて簾(すだれ)を作ったり、水辺の情景として和歌に詠まれたりして、古くから人々に親しまれてきた。
挟草の葉の材料は、生きた植物と造花の葉の二パターンある。主役の判断で決めるが、生を使うときは、アシではなくシャガという植物を用いる。
シャガは、光沢のある緑の葉をもつアヤメ科の多年草。シャガとアシは全然違う植物だが、シャガは葉に艶があって美しく、また硬くてしっかりしているので挟草にしたときにペラペラしないから好都合なのだろう。それに一年中枯れることなく緑色をしているので調達にも便利。大村さんはシャガ派だそうだ。
「芦刈」には、もうひとつ注目してほしい道具がある。笠(かさ)だ。
「笠之段」と呼ばれる舞の見どころがあり、夫が笠を手に持ち、高くかざしたり、投げたりして面白く舞っていく。
「笠は、長く使った柔らかみのあるものがいいですね。新しい笠だと、投げて落としたときの音が、パーンと乾いて、趣がないんですよ」
味気ないその音を「魚でいうと干物」と例えて言われたのが面白かった。
さて、物語の続き。再会した二人は、互いの気持ちを和歌で奥ゆかしく伝え合い、最後は仲良く都へ向かう。
「君がいなくて寂しかったよと、ストレートに言わずに和歌で伝える。動きは地味ですが、ドラマチックな場面なので、そこもご注目いただきたいです」 (伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
能「芦刈」
七月二十日午後五時半、国立能楽堂(東京・渋谷区)定例公演で上演。シテは大村定。他に狂言「御冷(おひやし)」。国立劇場チケットセンター=(電)0570・079900。ネット予約は「国立劇場チケットセンター」から。
◆取材後記
笠は日常生活では使わなくなったが、能の世界ではバリバリの現役。形も流儀ごとに決まりがあり、舞台で使うので美しさや軽さも求められる。作る人は減っているが、竹清堂(ちくせいどう)(東京都杉並区から山梨県北杜市に移転し17日、再開店予定)では、能の笠を手がけている。私も能楽師から相談を受けて仲介をしたことがあるが、いい仕上がりだった。能の笠を作りたい方は問い合わせてみてはいかが。 (田村民子)
関連キーワード
おすすめ情報
からの記事と詳細 ( <新お道具箱 万華鏡>能「芦刈」の小道具 ユニークな形の挟草 - 東京新聞 )
https://ift.tt/Et1qja7
No comments:
Post a Comment