Pages

Tuesday, December 17, 2019

宝石のように輝くあんこ……フレンチの大御所が薦める「いまいちばんおいしい」和菓子屋 - 朝日新聞

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載です。今回登場するのは銀座の正統派フレンチ「KM カーエム」のオーナーシェフ宮代潔さん。宮代さんが紹介するのは、大門にある和菓子屋「芝神明 榮太樓」です。

今回の大御所シェフ

宮代潔シェフ

(撮影=森カズシゲ )

宮代 潔さん
1951年、神奈川県二宮町生まれ。77年渡仏、三つ星「ヴィヴァロワ」など12軒の名だたるレストランで5年間研鑽(けんさん)を積む。87年、恵比寿南に「カーエム」を開店。代官山を経て2009年、銀座に移転し、調理をすべてひとりで行うカウンター割烹(かっぽう)スタイルに転換。伝統と創意を融合させた王道フランス料理の全工程が目の前で見られる、世界でも珍しい店となった。その評判が口コミで広がり、海外から訪ねる美食家も数多くいる。

【大御所シェフが通う店】芝神明 榮太樓(大門)

宝石のように輝くあんこ……フレンチの大御所が薦める「いまいちばんおいしい」和菓子屋

都営大江戸線「大門」駅にほど近い場所にある「芝神明 榮太樓」(撮影=林 紗記 )

今回は、「ごはん」ではなく、はじめて「おやつ」の紹介である。

味の本質をひたすら突き詰め、余計なものはすべてそぎ落とす。ストイックで骨太なフランス料理の名手として知られる宮代さんだが、小さいころから大のあんこ党。羊羹(ようかん)などをもらったときは、まず仏壇にお供えするのが宮代家の習わしで、お下がりで食べられるまで、まだかまだかとウキウキしながら待っていた。

そんな宮代さんが、子ども時代と同じワクワク気分で楽しむ「いまいちばんおいしい」和菓子屋さんを教えてくれた。

「芝神明 榮太樓」は、飴(あめ)や金鍔(きんつば)で有名な日本橋「榮太樓總本鋪」ののれん分けで、1885年(明治18)に創業した。店がある芝神明町は、徳川家菩提(ぼだい)寺の増上寺と、「め組の喧嘩」の舞台になった芝神明宮のおひざ元で、江戸時代からおおいに賑(にぎ)わったエリア。榮太樓は、増上寺にお菓子を納め、歌舞伎界とのつながりも強い。独特な書体の看板は、岡本太郎が書いたものだ。

感動的! ピカピカに輝くあんこ

店の名物である最中の「葵 玉梓(たまずさ)」を割った宮代さんは、「ほら、あんこが宝石のようにピカピカ輝いている!」と声をはずませた。

「すっきりと上品で、しかも香りがある。小豆のえぐみは皆無で、甘さはちょうど自分にぴったり。私が知っているなかで、ここまでのあんこはありません」。味に対して厳しい批評家の宮代さんが、手放しで誉(ほ)めたたえる。

あんこの美しさに感心する宮代さん (撮影=森カズシゲ )

あんこの美しさに感心する宮代さん (撮影=森カズシゲ )

最高級のつぶ餡を使った「葵 玉梓」。玉梓は「手紙」や「恋文」を意味する言葉 (撮影=森カズシゲ)

最高級のつぶ餡を使った「葵 玉梓」。玉梓は「手紙」や「恋文」を意味する言葉 (撮影=森カズシゲ)

小豆の香りが強い餡(あん)は、えてして雑味や重さを感じることが多いのに対して、この店の餡は小豆そのものの香りがしっかりとあり、しかも味が澄みきっている。まさに理想のおいしさなのだという。

ご主人の内田吉彦さんは、4代目。店に並ぶのは、羊羹、最中といった、いかにも老舗らしい正統派の和菓子だが、初代から先代の父のやり方を守っているのは、黒飴とひなあられの2種類だけ。あとは百年前のレシピを頭に入れながら、いまの人の舌に合うよう、少し変えたり、大きく変えたりしている。

材料への目配りを大切にする4代目主人の内田吉彦さん(撮影=森カズシゲ)

材料への目配りを大切にする4代目主人の内田吉彦さん(撮影=森カズシゲ)

「材料が昔と大きく違い、食べる人の嗜好(しこう)がめまぐるしく変化していくなかで、伝統は進化しなければ、継承されていかない」と、内田さんは考える。

和菓子の主要な原材料は、小豆、砂糖、小麦粉やもち粉などの粉類と、非常にシンプルだ。それだけに、材料と職人の腕が、ごまかしなく味に現れやすい。とくに小豆は気候風土の影響が大きく、内田さんはしばしば産地に赴いて生産者と密に付き合い、その年ごとの小豆のできを把握している。

(上:左から、和三盆糖、小粒ざらめ、大粒ざらめ/下:左から、エリモショウズ、きたろまん、丹波大納言)

(上:左から、和三盆糖、小粒ざらめ、大粒ざらめ/下:左から、エリモショウズ、きたろまん、丹波大納言)

榮太樓で使っている小豆は、兵庫県産の丹波大納言、北海道産のきたろまん、北海道産のエリモショウズの3品種。砂糖はおもに大粒のざらめ、小粒のざらめ、和三盆糖を使い分ける。

丹波大納言は、栽培に時間がかかり、収量が少なく、収穫は手で摘み取るという超高級大粒品種だ。徳川将軍家と増上寺の紋である「三つ葉葵」をかたどった「葵 玉梓」の餡には、希少な丹波大納言のなかでも、もっとも風味の豊かな丹波市氷上町産を使用。手で練り、最後に和三盆糖を加え、小豆の持ち味をさらに引き立たせる。

「自分で皮にあんこをサンドする新しいタイプの最中も、パリパリしておいしいですが、やっぱり大切にしたいのは、皮とあんこの一体感ですね」と内田さん。挟んだあと、餡の水分が少し移って微妙に皮がふくれ、しかし湿っぽくならないというジャストの糖度に仕上げるのが、一体感を生むポイントだ。

「最中は、皮とあんこのバランスを楽しむお菓子。皮の存在理由を感じるでしょ」と、宮代さんがいうように、かむと最初はクリスピーだが、すぐに餡と皮が口のなかで調和する。これは、まさしくフランス料理における「マリアージュ」の感覚だ。

尾崎紅葉が命名した名物最中

ホタテ、カキ、アワビ、ハマグリ、アカガイの形の皮に、それぞれ違った餡が入った「江の嶋」(撮影=森カズシゲ)

ホタテ、カキ、アワビ、ハマグリ、アカガイの形の皮に、それぞれ違った餡が入った「江の嶋」(撮影=森カズシゲ)

宝石のように輝くあんこ……フレンチの大御所が薦める「いまいちばんおいしい」和菓子屋

手前から時計回りに、つぶ餡、白餡、ごま餡、こし餡、ゆず餡(撮影=林 紗記 )

榮太樓には、もうひとつの名物最中がある。「江の嶋」は、貝殻をかたどった五つの皮に、こし、粒、白、ごま、ゆずの5種餡を入れたひとくち最中。1902年(明治35)に初代が創案し、尾崎紅葉が命名した。『金色夜叉』を書き、泉鏡花など多くの人気作家を育てた明治の文豪は甘党で、榮太樓のお菓子を愛した。

もうひとつ、最中で忘れてはいけないのが、皮の香りである。1個ずつ入った袋を開けた瞬間、焼けた皮の香ばしさがふんわりと届く。

口に入れると、「葵 玉梓」より皮は薄く、とろけるような一体感。白あんのなめらかさ、ごま餡とゆず餡の香り高さも印象的だ。

薄く切って光を通すと美しい餡の粒子が見える練り羊羹(撮影=森カズシゲ)

薄く切って光を通すと美しい餡の粒子が見える練り羊羹(撮影=森カズシゲ)

「小豆の純粋なおいしさだけがある」と、宮代さんが表現するのが、練り羊羹だ。糖度は高いが、あっさり。1本が小ぶりなので、おやつ用にも求めやすい。

「小豆をさらしすぎて香りがない場合と、香りがあっても重くてもたれる場合があるんですが、榮太樓さんのは、ひとつも欠点がない。よほど、見えないことに手をかけていらっしゃるんでしょうね」とは、宮代さんの推察だ。

どら焼きは「究極のしっとり系」

どら焼きは、最中よりさらに皮と餡の一体感が追求されている。非常に個性的で、液体に近いほどゆるく仕上げた餡を寒天で固め、皮に挟む。

皮は、小麦粉、砂糖、卵が1対1対1の割合が昔の定番だったが、現代人には重すぎるため、ふんわりとして、しかも餡に負けないボディーのある配合に変えている。

最近、どら焼きがちょっとしたブームで、ホイップクリームを挟んだ生どらや、皮にももっちり系、ふわふわ系など、いろいろな新しいタイプが開発されている。そのなかで、榮太樓のどら焼きをひとことで表現するなら、「究極のしっとり系」だろう。

どら焼きは、早めに行かないと売り切れのときもある人気商品(撮影=森カズシゲ)

どら焼きは、早めに行かないと売り切れのときもある人気商品(撮影=森カズシゲ)

皮に餡の水分がしみ、日に日にしっとり感が高まる(撮影=森カズシゲ)

皮に餡の水分がしみ、日に日にしっとり感が高まる(撮影=森カズシゲ)

割ってみると、餡の水分が皮に少し浸透している。日が経つにつれて、皮のしっとり感は増す。できたてが好きな人、ぎりぎりまで寝かせる人と、好みはさまざま。宮代さんにとって「日本でいちばん」のどら焼きである。

5歳から店の手伝いをはじめ、家業に専心して30年以上になる内田さんだが、いまだに職人として胸を張れる気持ちにはなれず、毎日が精進だという。

「自分が本当によいと思う材料を確保して、自分が仕上げたい味に仕上げられる力をもっと身につけたい。そのためには、現状が完成品とは思わないこと。日々の気づきに敏感でいたいです」という内田さんに、大きくうなずく宮代さん。ふたりの会話には、職人同士の魂が響き合っていた。

職人として、多くの共通点を持つふたりだった(撮影=森カズシゲ)

職人として、多くの共通点を持つふたりだった(撮影=森カズシゲ)

店舗情報

芝神明 榮太樓
東京都港区芝大門1-4-14 
都営大江戸線「大門」駅より徒歩2分、JR「浜松町」駅より徒歩6分
03-3431-2211
9:00~19:00(土曜は14:00まで)
定休日:日・祝
HP:http://www.shiba-eitaro.com/

大御所シェフのお店

カーエム
東京都中央区銀座8-8-19 伊勢由ビル6F
JR、銀座線、浅草線「新橋」駅より徒歩5分、銀座線「銀座」駅より徒歩5分
03-6252-4211
営業時間:18:00~22:00(L.O.20:00)*予約は前日まで(当日不可)
定休日:月曜
公式サイト:http://www.km-french.jp

もっと読みたい

大御所シェフたちがとりこに! 一度は行きたい「カツ」の店3選

「世界の最先端の料理になる」と確信 インド料理店「SPICE LAB TOKYO(スパイスラボ トーキョー)」が起こしたイノベーション

大御所シェフのいつものごはん:連載一覧はこちら

[ &M公式SNSアカウント ]

TwitterInstagramFacebook

「&M(アンド・エム)」はオトナの好奇心を満たすwebマガジン。編集部がカッコいいと思う人のインタビューやモノにまつわるストーリーをお届けしています。

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。

Let's block ads! (Why?)



"宝石" - Google ニュース
December 18, 2019 at 01:15PM
https://ift.tt/2Px7Bab

宝石のように輝くあんこ……フレンチの大御所が薦める「いまいちばんおいしい」和菓子屋 - 朝日新聞
"宝石" - Google ニュース
https://ift.tt/2OU8fhQ
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update

No comments:

Post a Comment