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Saturday, January 11, 2020

世紀の宝石強盗事件──奪われたダイヤモンドの意外な行方 - GQ JAPAN

2度にわたって強盗団に襲われたハリー・ウィンストンのサロン。

1度目の襲撃

2007年10月6日、ハリー・ウィンストンのサロンが10時の開店準備を始めた頃には、4人の強盗がすでに店内にいた。いったいどうやって入りこんだのか?

サロンを開ける鍵束はセキュリティ関係の専門企業が毎夜預かって保管し、朝になるとサロンの警備員のもとに届けられる。その朝も9時30分に警備員のもとに届いていた。警備員は規則に従って建物の外で従業員が出勤するのを待ち受けた。従業員は、警備員の同伴なしではひとりで店内に入ることはできないし、鍵束を持ち帰ることも禁止されているのだ。

9時50分に輸出入ディレクターのアンヌ・マリー・キャプドヴィルが出勤し、通用口を開ける許可を警備員に出した。警備員が非常警報を解除して中に入ると、サロンにはいつものように、白蘭のかすかな芳香が漂っていた。警備員は自分の端末のところに鍵束を置き、トイレに向かった。その通り道にあるガラスケースには、ルビーのイヤリングやサファイアのクラスター・ブレスレット、ブリリアントカットの宝石がちりばめられたプラチナの時計が並んでいる。

キャプドヴィルは店内の大階段を3階まで上り、自分のオフィスまで歩いていった。目出し帽をかぶった4人の男が従業員用階段にいて、扉の背後で息を潜めているとは夢にも思わずに。彼女がデスクに向かって腰を下ろすと、男たちがいっせいに飛びだして喉首をわしづかみにした。強盗たちは棍棒や拳銃を手に持ち、塗装工のつなぎ服を着て工事関係者を装っていた。ハリー・ウィンストンのサロンのある建物ではここ数週間、リノベーションの工事が続いていたのだ。

強盗はキャプドヴィルの頭を低く押さえつけたまま、何人の同僚が今ここにいるのかと訊ねた。ひとりだけです。彼女がそう答えると、強盗ふたりが大股で出ていった。ふたりはトイレで警備員を不意討ちし、相手の頭を気絶しない程度に強打した。この警備員には意識を保っていてもらう必要があったからだ。

残りふたりの強盗が怯えきったキャプドヴィルを抱えて階下のトイレに運び込み、うつ伏せで床に寝かせた。彼女の両腕は結束バンドで拘束済みだ。それから強盗団は警備員を急かして持ち場に立たせた。これで、残りの従業員が出勤してきても、強盗団が監視するなかでいつも通りに入店させられるわけだ。次に出勤するのはマネージャーのマチウ・ブリシェで、ふたりの女性販売員をクルマに乗せてくるという。その3人が一列になって店に入ってくると、強盗団はふたりの若い女性の髪をつかみ、トイレに引きずり込んだ。ひとしきり身体検査をして外部に助けを求められないようにすると、キャプドヴィルと同じように拘束した。

マネージャーのブリシェは首筋に銃口を押し当てられて大階段を上らされ、金庫を開けろと命じられた。ところがパニックのあまりに暗証番号を思い出せない。銃口がいっそう強く首筋に押しあてられる。「ベレニスを呼んでもらえないか」ブリシェはそう懇願した。

つい先ほど出勤したところで他の面々と一緒に腕を縛られていた女性販売員のマリー・ベレニス・ベルザックは、拘束を解かれて3階に急き立てられ、金庫の暗証番号を正しく揃えた。開いた金庫から強盗団がそそくさと宝石を取り出すうちにも、虹色のきらめきが彼らの目を射た。強盗のひとりがベレニスを階下に下りていかせ、大理石の円柱が並ぶ通路を通って時計を収めた別の金庫へと案内させた。その男はスキーマスクの上にボブと呼ばれるバケツ型のつば広帽をかぶっていて、際立って大きい曲がり鼻をしていた。「怖がらなくていいぜ、ベレニス。俺はあいつらより根が優しいからな」。男は、仲間たちとともにトリプルトゥールビヨン機構のローズゴールドの時計を袋に詰めながら、彼女にそう語った。

「おいファリド、時間がねえぞ。もう時間がねえんだよ!」強盗団のひとりがバケツ帽の曲がり鼻にそう浴びせかけた。強盗団一行は監視カメラのテープを引っつかみ、拘束した店員たちに催涙ガスを浴びせると、大急ぎで裏口から出てレンタルしたプジョーのミニバンに乗りこんだ。そのクルマがモンターニュ通りを走り去るさまが監視カメラにとらえられたが、この日、盗みだされた480点はひとつも帰ってくることはなかった。被害総額は3700万ドル(約39億9150万円)に及んだ。

これは国際窃盗団ピンクパンサーのしわざなのか?

店員たちが警察に供述したのは、ファリドという名前だけではなかった。強盗団のひとりが仲間たちからヴォルデモート(『ハリー・ポッター』シリーズの悪役の名)と呼ばれていたとも語ったのだ。その他に店員たちが覚えていたのは、「ザルカ」と「アック」という言葉だけだった。

強盗団が2回の事件で盗みだした宝飾品や現金は合わせて1億1100ドル(約119億円)を上回る額となった。

© PHOTOGRAPH BY FRANCOIS GUILLOT/AFP/GETTY IMAGES.

強盗団はそれ以外、指紋も、DNAの痕跡ですら何の手がかりも残してはいなかった。とはいえ、かように証拠は乏しくても、推測は可能だった。組織犯罪の起訴に関わっているパリ控訴院の検察官パスカル・フォレは、「パリ中心街で高級宝飾店に押し入るためには、系統だった計画や経験が必要です。つまりこれは、組織による犯行なのです」と考えていた。「事前準備のやり方を考えると、パリ郊外の中核的なギャング団による犯行のように思えます。そうでなければ、考えられるのはピンクパンサーくらいです」。

ピンクパンサーとは宝石類の窃盗を行う国際犯罪組織で、バルカン半島出身者が構成員の多くを占めている。インターポールの推計によれば、この組織は過去20年間に400件近くの犯行を行い、数億ドル相当を盗みだしてきた。あくまで手早く宝飾品を盗みだすことを身上としていて、殺人を犯したことはこれまでに一度もないと言われている。

それにつけても不可解なことがひとつある。ハリー・ウィンストンのパリのサロンには3次元レーダーが備え付けられていて、内部の動きはすべて探知できるはずなのに、どうしてレーダーが作動しなかったのか。そんな離れ業をやってのけたということは、やはりこれはピンクパンサーのしわざなのだろうか?

2度目の襲撃

2008年2月8日、強盗事件から4カ月を経たその日の深夜12時直前に、ルノー・メガーヌのピカピカの新車が時速120kmで赤信号を突破するのを警察が見つけた。パリ郊外のボビニーでのことだ。酒に酔っていた42歳の運転手は、強盗事件で証言された犯人の名前と同じファリド・アロウという男だった。

アロウは巨体の持ち主だがいささか血の巡りの悪い粗暴な男で、曲がった鼻と、頬から顎まで走る傷痕が特徴的だ。成人してからの人生のほとんどを、凶器を用いた強盗や加重暴行により刑務所で過ごしてきていた。その日もアクセルを踏みこんで警察の追跡を巻こうとしたが、逮捕され、4万ユーロ(約470万円)の札束がポケットから見つかった。酒場で知り合いからもらったと主張したが、誰からもらったかは言わなかった。彼は職についておらず、クルマもその週に買ったばかりだった。アロウの所持していた紙幣からは、微量のヘロインやコカインが検出された。

アロウはアルジェリア系のフランス人で、順風満帆とは言いがたい人生を送っていた。8歳で全寮制の学校に押しこめられ、5年生でドロップアウトした。そして20歳の時にHIV陽性と診断された。「処置なしってわけだ。どのみち死ぬんだから、それまでに人生ってものを味わわないとな」とうそぶいたが、彼にできるのは犯罪くらいしかなかった。

強盗団が2回の事件で盗みだした宝飾品や現金は合わせて1億1100ドル(約119億円)を上回る額となった。

© 2009 AFP

しかし運のいいことに、警察はハリー・ウィンストンの強盗事件で言及された「ファリド」という名前と彼を結びつける材料をもたなかった。警察がやったのは4万ユーロを押収し、どこで入手したかの証拠を持参するまでは返さずにおくことだけだった。

10カ月後の2008年12月4日、アロウは4万ユーロの出どころを示す書類一式の準備が整ったと警察に連絡をした。そのまさに翌日、ハリー・ウィンストンのサロンが再び襲撃され、7330万ドル(約79億円)相当が盗みだされた。フランスのメディアが「世紀の窃盗」と呼ぶ事件が起きてしまったのだ。

12月4日の午後5時20分、高身長の4人の男(うち3人は女装)がスーツケースひとつを転がしてハリー・ウィンストンのサロンに近づいてきた。警備員がインターホンで応対し、シルクのスカーフにブロンドの長髪、ストッキングにハイヒールといういでたちにちらりと目を向けてから、一行を店内に通した。

通りの向かい側にあるルイ・ヴィトンの買い物客たちがサロンに入っていく女装の一行に驚いて警備員に呼び掛けていた。また、そばにあるカルティエの販売員も身長や体格から一目で強盗団と直感したが、インターホンでの会話を経て渋々ながらでも一行が店内に招かれるのを目にしたため、その疑いを払いのけた。

サロンの女性販売員ひとりが4人を先導して大階段を上っていく。ハリー・ウィンストンの買い物客は青いヴェルヴェットのカーペットが敷かれた商談用の個室で宝飾品を身につけて確かめるのが常だ。その一挙一動を警備員が小型マイクで中央司令室にささやき声で報告するのだ。展示ケースが開かれ、宝飾品が手渡される時には、警備員の報告ははっきり聞こえる音量でなされる。

フランスのメディアが「世紀の窃盗」と呼ぶ事件が起きてしまった

しかし、女装の男たちはわざわざ個室まで行くこともなく階段の途中で拳銃を取りだした。手榴弾を握っている者もいた。「動くな! 撃ち殺されたくなければな」ひとりが.357マグナム銃を振り回して叫ぶ。そうして一行はマネージャーのオフィスに押し寄せ、その場にいた全員に床でうつ伏せになるように命じた。何人かには警報の解除や展示ケースを開けることをやらせた。強盗団はそのあいだじゅう従業員たちを名前で呼び、時には自宅の住所まで口にすることで怯えさせ、動きを封じた。

そればかりか、31カラットのダイヤモンドのソリティアリングが前の日に届いたことまで強盗団は知っていた。800万ドル(約8億5000万円)のそのリングを含めて297個の宝石類と104個の時計をスーツケースに放り込むと、追いかけてきたらこいつで吹き飛ばすからなと手榴弾で威嚇して店を後にした。わずか20分の犯行だった。

もしもピンクパンサーが関わっていたなら、ハリー・ウィンストンへのこの2度目の襲撃は、彼らにとっても史上最大の強奪になるはずだ。しかしいずれにせよ、強盗団はひとつの大きなミスをここでしでかした─言葉を喋ったことだ。従業員たちは強盗団が、主にバルカン半島で使用されているスラブ系のアクセントで話していたと証言したのだ。それもまた、ピンクパンサーの関与をうかがわせるものだった。

男たちをひとつに結びつけたもの

ロンドンのロイズ保険組合はあまりの損害額の大きさに、商品回収につながる情報提供者に100万ドル(約1億800万円)の報奨金を出すことにした。パリ地区を担当する損害査定人のジョン・ショウは新聞広告を出すに当たって、『ル・モンド』や『ル・フィガロ』ではなく、パリ郊外に読者の多い『パリジャン』紙を選んだ。それならば現地の酒場のテーブルなどに置き去りにされることも多く、効果も高いと考えたのだ。

2015年、パリの裁判所にて。ハリー・ウィンストンの警備員として働いていたムールード・ジェンナッド(右)。

© ©THOMAS SAMSON/AFP/GETTY IMAGES.

さらに、ピンクパンサーが関与している可能性も考えて、モンテネグロとセルビアでも広告を打った。

有力な情報提供がまずあったのはルーマニアからだった。電話の主は、ブカレストのホテルのスイートでハリー・ウィンストンの強盗団が宝石を売っていると告げた。だがフランスの警察はそれに懐疑的だった。数百万ドルの宝石を誰がルーマニアで買うだろうかと考えたのだ。それでも令状を取って踏みこんでみると、宝石は同じ日にノルマンディー地方の別の宝飾店から盗まれたものだとわかった。

しかし落胆することばかりではなかった。今回の事件では犯人のスラブ訛り以外にも、現場にうっかり残されていたMax & Enjoyのハンドバッグから指紋が検出されていた。さらに、防犯カメラ映像も残されていた。捜査員たちはその映像をくりかえし再生するうちに、館内警備員のひとりの動きに不審なものを感じた。ムールード・ジェンナッドというその警備員は強盗の最中にも自由に動きまわっていたのだ。調べると、彼は最初の強盗事件の日には店に出てはいなかったが、その前日に施錠をしたのがこの男だったことが判明した。

ジェンナッドは先ごろガールフレンドとふたりでノルマンディー地方のドーヴィルというリゾートを訪れ、かなりの散財をしていた。その一切合切を彼が現金で支払っていたのだ。さらに、ジェンナッドのSNSをたどると、ハリー・ウィンストンの店内に残されていたのとまったく同じモデルのMax & Enjoyのハンドバッグを販売した店主と彼が友人になっていたことがわかった。

捜査員たちが次に向かったのは、その店のあるパリ郊外のアンジャン=レ=バンという街だった。競馬場やカジノのあるアンジャン=レ=バンで突き止めたのは、ハリー・ウィンストンに押し入った強盗団がまさしくこの街で結成されたということだ。ジェンナッドはここのジムに通っていて、モデルやセレブリティがよく訪れる店で働いていることをロッカールームで自慢していた。調子に乗って警備に隙があることまでを喋っていると、ひとりの友人がそれに反応した。姉の結婚相手がギャングだから、自分が顔つなぎできるかもしれないというのだ。

そうして2007年9月、ジェンナッドが友人に引き合わされたのが、43歳のドゥアディ・ヤヤウィだった。アロウと同じくアルジェリア系のフランス人で、ドラッグ密売や強盗で16年間を刑務所で過ごし、アロウとは刑務所で知り合っていた。まさか本当にギャングを連れてくるとはと、及び腰になったジェンナッドにヤヤウィは「俺をがっかりさせんなよ」と凄み、「どうせ店は保険に入ってるからさ」となだめすかして仲間に引き込んだ。

ファリド・アロウとドゥアディ・ヤヤウィの名は、『パリジャン』紙の読者からも寄せられていた。ふたりは犯罪者で、居場所も知っていると電話の主は述べた。すぐさま徹底的な盗聴や尾行がなされ、ある日、アロウがクルマを乗りつけてヤヤウィから金を受け取っているその現場で、警察はふたりを逮捕した。

しかしほんとうに、事件は彼らが独力でやってのけたものなのか? ヤヤウィもアロウも事件で主導的な役割を果たしたことを否定し、誰かの頼みでやったことだと裁判で主張したが、それが誰かを明かすことは拒み、裁判所もヤヤウィが首謀者であると結論づけた。けれどもピンクパンサーは正体不明の組織だ。どこかでピンクパンサーの誰かがこの事件につながっていないと、はたして言い切れるのか?

いずれにせよ、『パリジャン』紙に興味深い記事が掲載されている。パリのハリー・ウィンストンから盗まれた最高級のダイヤモンドのひとつがロシアで見つかったというのだ。指輪の持ち主のリュドミラ・プーチナが言うには、贈り主は誰あろう、30年連れ添った元夫のウラジーミル・プーチンだというのだ。

Words アダム・リース・ゴルナー Adam Leith Gollner
Photos アンブロイズ・テゼナス Amboise Tézenas / Translation 待兼音二郎 Ottogiro Machikane

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January 12, 2020 at 07:01AM
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